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    私にも創価にさえも完全敗北した残骸、大石寺指導者-樋田氏の悪知識を破折する。(編集中)

    樋田氏は、すでにすでに残骸である。

    2014/09/04 23:52
    大石寺指導者-樋田氏の「一大秘法とは戒壇の大御本尊」の矛盾の数々。(編集中)
    http://kangaeruhito777.blog100.fc2.com/blog-entry-1237.html

    根本中の根本教義である「一大秘法」を破折され尽くした大石寺は完全に終了している。

    すでに死んでいるのに気づいていない物達が居る。



    樋田氏を始めとする大石寺狂信者達は、知性を失い恥を失い、すでに人間としては死んでいる。
    が、カルト宗教のゾンビ狂信者となって仏法破壊の我見を振り回し続けているようなので、「置不呵責」を恐れる信仰者として破折しよう。

    樋田氏を始めとする大石寺狂信者達は、物事の認識さえも満足に出来ない。
    大石寺の悪知識の害毒を飲み続け、物事の基本的な認識さえも満足出来ない頭破七分者に成り果てている。
    私は、すでにすでに書いて来た。

    「印する」とは、例えば、葬儀の時、合掌唱題し成仏を祈る事である。
    「置く」とは、例えば、お墓に塔婆をたて供養する事である。
    どちらも、非情となった死者を成仏させる行為である。
    大石寺指導者-樋田氏は、「印する」の意味をいくら教えても、いまだに頭に入らないらしい。
    「印」とは、大聖人の仏法においては十指を合わせる合掌である。
    「印する」とは、合掌唱題し開眼供養する実践の事を言うのである。
    それが、最高の「印」なのだ。
    樋田氏は、「世界唯一の正統の指導者」のはずが、ただの個人信仰者に劣る事だらけの教学しかない。
    「投影する」だの「投げかける」だの、国語辞典どまりの訳の分からない我見で妄想説法し続けている恥ずかしい有様である。
    樋田氏は、いくら教えても、いまだに、開眼して、成仏したものは「本尊になる」と思い込んでいる。
    開眼供養して成仏させた死者を本尊にする者が居るのか?
    樋田氏は、この程度の矛盾にも気づかない程、道理に暗いのだ!
    大石寺は、根本中の根本である御本尊の教義から狂っている邪宗である。
    根本中の根本から狂った教えによって自宗の御本仏の御真筆本尊をも誹謗する世界のカルト宗教信者もビックリの大悪魔の邪宗である。
    ゆえに、大石寺を信じた者は、こんなにも知性が無くなり、恥が無くなり、人間として死んでしまうのである。
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    [ 2014/10/18 21:34 ] 宗教 | TB(0) | CM(0)

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