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    『阿部英樹』なる我慢偏執にして厚顔無恥の狂信者を極カンタンに破折する。3

    大石寺の末寺の猛毒悪知識によって頭破七分の末期患者となった『阿部』なるものは、イマダニ興福寺が焼かれた時代が、像法時代だと偏執し、私と私の亡くなった父を誹謗する我慢と謗法を繰り返している。
    大石寺の猛毒悪知識を飲み続け、南無妙法蓮華経の御本尊まで誹謗して平気な頭破七分の末期患者には、どんなに明からな文証と提示し、どんなに理路整然たる道理を示しても、認めて改心することが無い事など知っている。
    それでも、「置不呵責は無間地獄」の金言にまかせて破折する!

    大聖人曰く
    *今末法に入つて二百余歳*聖寿54歳

    この撰時抄の書かれた建治元年は、西暦に直せば1275年。
    それから、200年あまり前に末法に入った事になる。
    最低でも1075年より以前から末法に入った事になる。

    興福寺が焼かれたのは1180年である。

    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%88%E7%A6%8F%E5%AF%BA

    ゆえに、興福寺が焼かれたのは、末法に入って百年以上も経った頃なのである。

    末法に入って百年以上も経った頃に邪宗の寺が焼かれても

    *治承四年十二月二十二日に七寺の内の東大寺・興福寺の両寺を焼きはらいてありしかば・其の大重罪・入道の身にかかりて・かへるとし養和元年潤二月四日身はすみのごとく面は火のごとくすみのをこれるがやうにて結句は炎身より出でてあつちじにに死ににき、其の大重罪*

    と大聖人は、御教示されているのである!
    どうして、末法時代に、『大聖人の開眼』なるものの無い本尊を奉った邪宗の寺が焼かれても『大重罪』であるのに、
    『大石寺法主の開眼』なるものが無い事を理由に、大聖人御真筆本尊を誹謗し、法華経の眼目たる南無妙法蓮華経の御本尊を焼いて『大重罪』が無かろうか!!!
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    [ 2015/03/04 19:19 ] 宗教 | TB(0) | CM(0)

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